うんこ漢字ドリルなんてバカ製造ドリルでしかない!

「うんこ漢字ドリル」がバカ売れだそうな。

私はこんなドリルを子供に買い与える親は最低だし、そんな育て方をされてる子供がろくな成績をあげられなくなるアホになるのが可哀想で仕方がない。

 私が初めてこのドリルを知ったのはJRの社内広告だった。1両分の車両の壁広告が全てこの「うんこ漢字ドリル」の広告で私はまずこの「うんこ」だらけの車両が不快でたまらなかった。広告料さえもらえればどんな広告でも掲載するJRの浅ましさにも腹が立った。

 そうしてるうちにネットニュースでこのドリルがバカ売れしてるという記事を読み、TVで取り上げられてるのを目にし、遂には民放ラジオで取り上げられてるのも耳にするまでになった。

 ここでハッキリ言っておきたいが、こんなドリルで勉強するなんて最悪最低だと思うし、これを子供に買い与えて、子供が喜んで漢字ドリルやってるのを見て、やった!と思ってる親は馬鹿丸出しのダメ親だと思います。

 

そもそもこのドリルの売りは、例文が全てうんこ絡みの文章なので子供が面白がってドリルをする、というものです。確かにどれを読んでも「うんこ」が出てくるドリルなんて笑ってしまいます。

 

幼い子供は「うんこ」ネタが好きです。意味不明で「うんこ」と言うだけでゲラゲラ笑ったりします。何でだと思いますか?これは本来「うんこ」は汚いもの、口に出すのも汚らしいものという価値観を破って「うんこ」と言っちゃう事でタブーを破る快感を感じているからです。「あ、言っちゃった」というダメって言われてる事を言っちゃう快感が笑いとなる訳です。子供がホントにうんこが好きで、うんこを見たい、匂いたいとかスカトロマニアみたいな趣味ある訳ではありません。当然親も「そんな汚い事言っちゃダメ!」とか叱ってるはずです。

 

なのになぜドリルで使うのはOKなのでしょうか?漢字さえ覚えてくれれば手段は問わないというこのやり方が私は絶対許せないのです。子供が興味ある事を学習に利用しようというやり方自体は否定はしませんが、そこにはモラルというものがあるはずです。例えば中学生男子に英語を覚えてもらいたくて教材にポルノを使ったら子供は夢中でやるかもしれません。頭にも刻み付けられるかもしれませんね。でもそれって正しい学習方法でしょうか?

 

そもそも、自分の興味が無いことは頭に入って来ない、勉強する気にならないという状態は子供の学習方法としては不適当だと言わざるをえません。「何で関わりもない外国の事覚えないといけないの?」「何で目に見えない原子の事なんか知らないといけないの?」「そんな事解っても面白くもなんとも無い」という意見に対して親はどう答えるべきでしょうか?

 

基本的に子供にとって勉強はそんなに楽しい事ではありません。なぜならその必要性も理解出来てないし、直接的に日々の生活にプラスになる実感が湧かないからです。でもだからといってそれを避けてはいけません。子供にとって勉強は(大人と違って)単なる知識を得たり、思考法を学ぶためにするものではないのです。

一見無意味な事であるかのような事も学習する事によって様々な形で役に立つものであり「つまらない」事でも続ける根気とか地味なルーティンワークの大切さを実感させることが幼児教育の重要な役割です。面白がってやってるから「うんこ」を教材にしてもいいという親は、この「つまらない事でもコツコツやり遂げる」という大切な学習の目的を放棄しているのです。

「うんこ漢字ドリル」を使えば子供は喜んでドリルをし、漢字がわかるようになるのかもしれません。では他の教科はどうなのでしょうか?子供はきっとこういうでしょう「掛け算ドリルなんか面白く無い!うんこの方がいい」

そんな親は「うんこ掛け算ドリル」を待ち望むのでしょうね。

そんな教育方針の親は子供に本気で叱ったり指導したり出来てないと思います。子供が嫌がる事は無理強いしない、子供の顔色を伺ってばかりの子育てが上手くいくはずないのです。

 

 私が耳にしたラジオの特集コーナーでも女子アナがウケるだろうと思って嬉嬉としてこのドリルを買い与えたところ、一見した娘さんがこういい放ったそうです。

「そんな汚いドリル使いたくない」

私はこの娘さんの感覚こそが正しいと思うし、ウケるだろうと思った女子アナは心底恥ずべきだろうと思いました。

美味しんぼに毒された世代

現在50歳手前から30代後半の漫画好きな人はほぼ全員「美味しんぼ」の呪縛から逃れられないようである。


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美味しんぼは確かにグルメ漫画のターニングポイントであり、漫画の中に留まらず読者の実生活に多大な影響を与えたと言って過言ではない。なぜそれほどまでにこのマンガは読者に支持され後のグルメ漫画の礎になったのか?僕が考えるに美味しんぼはそれまでのグルメ漫画の根幹であった「美味しい料理は腕のいい料理人がその技術とアイデアの全てを賭けて作りあげるもの」というフォーマットを覆したところにあるのだと思う。

美味しんぼにおける「美味さ」には全て理屈が語られる。例えばお米炊く時に1粒1粒選別して大きさを揃える事で最高のご飯が炊き上がるという話がある。それが本当に美味しいのかどうか読者は確かめようが無いのだがそういう理屈を語られるとなるほどそうかもと思ってしまうのだ。


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そういう実証が出来ないような食に関する薀蓄や技法を次々と披露された結果、読者は料理は素材と調理方法にこだわれば美味しくなるのだという固定概念を刷り込まれてしまい毎回新しい薀蓄が語られる度にそれをさも自分が体験したかのような錯覚に陥った結果、自分が何かを喰べた時に美味しんぼで語られてる理論を当てはめてその料理を評価する癖が付いてしまっているのだ。

   こう言えばもっとわかりやすいだろうか、鶏肉を喰べる時にその評価基準として「地鶏は身が締まっていて美味い。噛めば噛むほど旨みが出る」などと言いがちである。本当にそうだろうか?同じ肉でも牛肉だと「国産牛で絶妙にサシが入った霜降りは柔らかくて箸で切れる」とか言われる。豚肉にいたっては「肉の持つ甘味がすごい」とか定番の褒め言葉である。
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  鳥は歯応えがあってOKで牛は柔らかさが最高で豚は甘さって今ではテンプレートになっていますが本当にそうでしょうか?

ケンタッキーフライドチキンを食べて「柔らかくて美味しい」と思い、スーパーのフライドチキンを食べて「なんか固くて身が少ない」とか思いませんか?サシが入ったロースより赤身が美味いと思う人も多いです。

なのに何故か美味しんぼ世代の我々は料理の美味さを表現する時についつい美味しんぼのテンプレート表現を使ってしまうのです。


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トンカツを揚げるのには豚の脂を使ったラードでなくては駄目だとか実際に試した事が無くても理屈を言われてあぁそうだなと納得してしまうとそれがセオリーになってしまう。これこそ我々にかけられた「美味しんぼの呪縛」なのです。

 食べ物の美味い不味いなどは感覚でしかないのに何故か我々は理屈でその感覚を確認しようとしてしまうのです。この行動パターンは美味しんぼ世代の最たる特徴で何か薀蓄を語りたがる結果、下の世代から疎まれるようになりがちです。

 それに対して今のグルメ漫画の主流は理屈を述べるのではなく「理屈じゃなく本能的に揺さぶられるパターン」がほとんどです。孤独のグルメにしても何がどうして美味いのか理屈は語られる事なく「これだ、これだ!」とか「これはご飯に合う」とか食べた感想を次々に表現する事で読者の中にある想像力を掻き立てる方向に特化している傾向が強いです。

 今の読者は美味しくなる理屈などあまり興味は無くて、無性に食べたくなるとか箸が止まらないとかそういう表現が好きなんですね。

 おそらくは美味しんぼの全盛期、バブルの頃は食事にお金を掛ける事イコール美味しい、もしくは美味しいものは高価になっても仕方がないという認識が美味しんぼによって広められた事が今の30代後半40代の基本的な考え方になってしまったように思います。

 

 そんな世代と食事にできるだけお金をかけたくない今の若者との間には大きな溝があるように思います。そしてその溝は単なる食べ物の好き嫌いではなくライフスタイルとか仕事に対する価値観にも影響を与えてると思いますね。それについてはまたの機会に書いてみたいと思います。

 

 

せんざんき が山盛り(西中島 媛)

せんざんき という料理をご存知でしょうか?愛媛や今治地方で食べられている鳥の唐揚げだそうです。ネットで検索すると鶏の骨付き肉の唐揚げとか出てくるのですが実際に今治で食べたことはないので本場はどうなのか知りませんが、新大阪駅近くの西中島でこの せんざんきを名物ランチにしてるお店があります。

 愛媛から名付けたのでしょうかその名も「媛」。夜は今治の鶏料理をメインにした飲み放題付きのコースをお安く提供してるみたいですが、私が今回紹介したいのはこの店のランチメニューです。メニューはこちら。
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せんざんき定食。鶏の唐揚げとご飯、味噌汁、漬物と付け合せといういたってシンプルな定食なのですが、このせんざんきがまぁデカい!2個でケンタッキーのドラム1個くらいの大きさなのですが、せんざんき定食(小)でこの唐揚げが5個で600円のところを、せんざんき定食(がっつり)を頼むとプラス100円で唐揚げが倍の10個になる!

100円で倍って何なの??って思ってやっぱりがっつりを頼んでしまうと後で後悔するくらいのボリュームが襲ってきます(笑)



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流石に10個になるとケンタッキーのドラムが5個分です。しかも特に頼んでないのにご飯も大盛りなんですよ、この店。

最初はおぉ喰べ応えあっていいぞいいぞって感じなのですが5個を超えたくらいから箸が止まり始めます。顎も痛くなる(笑)すごいボリューム。

肝心の味はどうかと言うと、衣はしっかり固めで歯応えありますが鶏肉そのものはジューシーです。個人的にはもうちょい塩を効かせるか味付けを濃くしてくれたら良いのにとは思いますが、ちゃんとポン酢とマヨネーズ系のソースなど3種の調味料が付いていて味変を楽しめるようになっています。

 とにかく700円税込でもうお腹いっぱい。僕みたいな唐揚げ好きでももう2、3日は唐揚げはいいかなと思えるくらい満足感あります。というよりもうツライです(苦笑)

ランチに700円なんて贅沢だ、牛丼なら350円だぞと思ってる方もいるかも知れませんが、お昼に食べてこれを書いてる今、23時過ぎなのですが、未だにお腹いっぱいで胃もたれしていて晩御飯食べる気にならないです。昼夜合わせて700円なら安いものかもしれませんね。

単純に唐揚げ1個の味が美味しいかどうかというと好みが分かれるかもしれませんが、一度食べると病みつきになってしまって、しばらくするとまた、せんざんきで嫌ほどお腹いっぱいになりたくなってしまい再訪してしまいました。

お近くの方はぜひ試してみて下さい。

ネットで「西中島  媛」と検索すればすぐ分かります。地下鉄 西中島南方駅のすぐそばです。

ビートルズ(友達に子供が出来たらHey jude)

兄の影響で小六の時からビートルズにハマった。兄がオリジナル盤のレコードを買い集めるので僕はUS盤とかラブソングスとか邪道(笑)アルバムばかり買うハメになった。

 

ビートルズ大辞典という本を買って何度も何度も読んだ。お陰で中学卒業する頃にはビートルズ全曲覚えたし曲のエピソードも暗記していた。高校になって音楽好きな同級生にビートルズの話題を振られたら得意気に曲にまつわるエピソードを語ったものだ。

 

 今にして思えば当時まことしやかに語り継がれてた逸話も本当は間違いだったりして、そんなものを受験勉強のように暗記して鼻にかけていた自分が恥ずかしくなる。そんな僕も高校、大学と成長するにつれ聴く音楽も様々になり、同時に自分なんかより遥かにビートルズに詳しいいわゆるビートルマニアの存在を知ってあまりビートルズの事をあれこれ語らなくなった。

 

 そうこうする内に社会人になり、ある時大学時代のクラスメート同士が結婚して、子供が産まれたときいて仲間達とお祝いに彼らの家に集まった。可愛い赤ちゃんを見ながら仲間達とワイワイ騒いでる時にふと思った。このままこんな友達付き合いが続いてこの子の成長を見ていく事になったらこの赤ん坊が学生になったり思春期に悩んだりするのを目のあたりにする事もあるのかなぁと。

 

 そこでハッと思い出したのが、Hey Jude だった。もちろんそれまでこの曲がJohnの離婚で落ち込んでたジュリアン・レノンを励まそうとしてポールが作った曲だという知識はあった。でもそれは単なる言葉の暗記でしかなくてその意味に僕は何も感じていなかったのだ。

 友人は2人とも大学のクラスメートなので、どちらとも仲良かったのだが、もしこの2人が何らかの事情が起こってやむなく離婚する事になって、それまで何度も会って成長を目の当りにしてきたこの子がショゲてたら僕はなんて声をかけるだろうか。そう思った時にただの知識だったエピソードがグッと自分の中に入ってきた。

 この曲を書いたポールの気持ちはどうだったんだろう、そしてこれをレコーディングしたいと言われたジョンの気持ちはどうだったんだろう。ジュリアンは?他のメンバーは?

 

 この時に僕は初めて過去の歴史を学ぶ事の意義とか学ぶ心の在り方を少し解った様な気がした。言葉や事象だけを記憶したって何の意味もない。その時起こった事柄に自分の想いを馳せてこそ感じられる物がある。

 

友達に子供が出来たらその子を見ながらHey Judeを思い出してみてください。僕はHey Judeを聴く度にあの時の事を思い出してこの曲が何倍も好きになりました。

 


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